※本記事にはアフィリエイト広告が含まれています。
痛みごと抱えて生きることを、この映画は肯定している。
大学時代に観て、ずっと答えが出なかった映画
大学に入ってすぐの頃、友人に「ジム・キャリーが全然ジム・キャリーじゃない映画がある」と言われて観た。
それが『エターナル・サンシャイン』だった。
当時のぼくには正直、半分しか理解できなかった。時系列がバラバラで、どこが現実でどこが記憶なのかが曖昧で、観終わった後に「何を観たんだろう」という感覚だけが残った。
でも、その感覚がずっと消えなかった。
何年もかけて、この映画のことを折に触れて思い出した。恋愛が終わるたびに、記憶の重さについて考えるたびに、この映画が頭に浮かんだ。
今回改めて取り上げようと思ったのは、この映画が問うていることが、20年近く経った今もまったく古びていないからだ。
作品概要
2004年製作のアメリカ映画。監督はミシェル・ゴンドリー、脚本はチャーリー・カウフマン。
主人公のジョエル(ジム・キャリー)は、別れた恋人クレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)が「記憶消去手術」を受けて自分との思い出をすべて消したことを知る。
傷ついた彼は同じ手術を受けることを決意するが、脳内で記憶を一つひとつ消されていく過程で、気づいてしまう。消えかけた記憶の中に、失いたくない何かがあることを。
非線形の構造と、CGに頼らない手作りの映像表現が特徴的で、「記憶」という内面の領域を、画面の上で物理的に見せることに成功している。第77回アカデミー賞では脚本賞を受賞。ケイト・ウィンスレットは主演女優賞にノミネートされた。
ラブストーリーでありながら、SF的な設定を使って「人間にとって記憶とは何か」「痛みを消すことは幸せなのか」という問いを真正面から突きつける、異色の一本だ。
ジム・キャリーが「演じない」ことで生まれたリアリティ
この映画を語るとき、多くの人はまずケイト・ウィンスレットの奔放さに触れる。
でも、ぼくはジム・キャリーの抑制に惹かれ続けている。
ジョエルという男は、派手な感情表現をほとんどしない。怒鳴らないし、泣き崩れもしない。ただ、記憶の中で消えていく彼女の輪郭を、必死に引き留めようとする。
「ここに留まれ。ここで会おう」という彼の独り言のような言葉が、消えゆく記憶の中で繰り返される場面がある。
大声で愛を叫ぶより、あの静かなつぶやきの方がずっと切実だった。
ジム・キャリーがこれだけ内向きの演技をした作品は、ほとんどない。過剰な身体表現を封じ込めたとき、彼の目の奥にある「普通の人間の痛み」が浮かび上がった。
クレメンタインという存在の、暴力と引力
クレメンタインは、一言で言うなら「一緒にいると消耗する人間」だ。
衝動的で、感情が激しく、一貫性がない。ジョエルとの関係は摩擦の連続で、傍から見れば「なぜ続けるのか」とすら思える。
でも映画は、その摩擦こそが関係の実体だったと示す。
記憶の消去が進んでいく中で、消えそうになる記憶は全部「楽しかった瞬間」ではない。むしろ、喧嘩した場面、傷つけた言葉、後悔している夜が先に蘇る。
それを消されたくない、とジョエルは感じてしまう。
痛い記憶の中にこそ、その人と生きた証拠が刻まれている。ケイト・ウィンスレットが演じるクレメンタインは、「理想の恋人」ではないからこそ、代替不可能な個人として存在している。
構造そのものが、テーマを語っている
チャーリー・カウフマンの脚本の天才性は、「記憶消去」というSF的設定を使いながら、一切の説明過剰に陥らないところにある。
この映画の時系列は逆行する。現在から過去へと遡りながら記憶が消えていき、最初に観客に見せるのは「別れた後の二人」だ。
なぜその構造なのか、最初はわからない。でも観終わった後、最初のシーンがまったく違う意味に見える。
ネタバレになるから詳細は書かないが、ある「繰り返し」の構造が明らかになったとき、観客は映画の設計そのものに驚かされる。物語の語り方が、そのままテーマの答えになっている。
「形式と内容が一致している」映画というのは、実は非常に少ない。この作品はその数少ない例のひとつだ。
「消せる」からこそ問われる、消さない選択
この映画が残すのは、消去技術への批判ではない。
技術は存在する。使うことはできる。でも、それで何かが解決するわけではない、という着地点だ。
痛みを消せるなら消した方がいい、という発想は、合理的に見える。でも、痛みを感じたのは、それだけ深く関わったからだ。その深さを消すことは、その時間を生きた自分ごと消すことに近い。
ジョエルとクレメンタインが最終的に選ぶ姿勢は、ある種の諦念と勇気が混ざり合っていて、「これが正解だ」とは言い切れない。でも、ぼくにはその曖昧さが誠実だと思えた。
この映画は、愛を美化しない。ただ、愛の痛みを丸ごと抱えることを、静かに肯定している。
あの頃わからなかったことが、今はわかる気がする
大学時代に観たとき、ぼくにはこの映画が半分しか届かなかった。
今は、残りの半分が届く。
消したくなる記憶のひとつやふたつ、誰にでもある。それでも消さずにいることの意味を、この映画はずっと問い続けている。
Blu-rayでもう一度じっくり観たい人は、Amazonで手に取ってみてほしい。
Amazonでエターナル・サンシャインをチェックする

コメント